猫伝染性腹膜炎(FIP)の臨床型分類
猫伝染性腹膜炎(FIP) は、猫コロナウイルス(FCoV)の突然変異株である FIPウイルス(FIPV) によって引き起こされる致死性疾患です。臨床症状および病理学的特徴に基づき、FIPは複数のタイプに分類されます。これにより診断や治療方針が大きく左右されます。
Pedersen 教授(2009年)および ABCD(Advisory Board on Cat Diseases)のガイドラインに基づき、FIP は主に以下の4つの臨床型に分類されます【Pedersen NC, 2009】【Addie et al., 2015】【Riemer et al., 2016】。
1. 湿性FIP(滲出型FIP/エフュージョン型FIP)
特徴:
腹腔や胸腔に高タンパク質の滲出液(腹水・胸水)が蓄積
滲出液は黄色で粘稠性があり、フィブリンを含む
腹部膨満、呼吸困難、腹部触診で波動感がみられる
疫学:
FIP全体の約60〜70%を占める
子猫や免疫抑制状態の猫で多く発生
臨床的意義:
滲出液が確認できるため診断が容易
Rivalta試験陽性、液体分析にて診断補助が可能
2. 乾性FIP(非滲出型FIP)
特徴:
滲出液が認められない
肝臓、腎臓、脾臓、リンパ節などに肉芽腫性病変が形成される
発熱、食欲不振、体重減少など非特異的症状が続く
検査所見:
A:G比<0.4、グロブリン増加、α1-酸性糖タンパク上昇など
診断上の課題:
リンパ腫や慢性疾患と誤診されやすい
超音波、血液検査、免疫マーカーの組み合わせによる評価が必要
3. 神経型FIP
特徴:
中枢神経系を侵すFIPの一型(乾性に分類される)
運動失調、発作、眼振、歩行異常、意識障害などがみられる
疫学:
FIP全体の約5〜10%を占める
診断手段:
MRI、脳脊髄液(CSF)検査、IgGインデックスなど炎症マーカー
4. 眼型FIP
特徴:
ブドウ膜炎、虹彩充血や変色、硝子体混濁など
視力低下または失明を引き起こす
瞳孔反射異常や不同歩性がみられる
診断:
スリットランプや眼底鏡など眼科的検査が必要
通常、乾性FIPの一部として発現
5. 混合タイプと診断のポイント
多くのケースで複数の型が重複して存在(例:乾性+神経型、湿性+眼型)
分類はあくまで目安であり、ウイルスの拡散範囲と免疫応答により症状が多様化
臨床症状、検査結果、画像診断などの総合評価が不可欠
まとめ
FIPの正確な分類は診断と治療戦略の根幹です。獣医師は腹水の有無、臓器特異的症状、神経・眼の兆候を総合的に評価し、タイプに応じた治療計画を立てる必要があります。
近年、GS-441524 やその経口製剤 NeoFipronis® の登場により、各タイプに応じた治療が可能となりつつあります。
参考文献
Pedersen NC. A review of feline infectious peritonitis virus infection: 1963–2008. J Feline Med Surg. 2009;11(4):225–258.
Addie DD, et al. Feline infectious peritonitis: ABCD guidelines on prevention and management. J Feline Med Surg. 2015;17(7):570–582.
Riemer F, et al. Clinical and laboratory features of cats with feline infectious peritonitis – a retrospective study of 231 confirmed cases. Vet Microbiol. 2016;183:183–190.